資料紹介(5) 変態本・心霊科学本

今回は平岩蔵書のなかから「変態本」を紹介したいと思います(「資料紹介(2)」の記事を参照)。

ここでいう「変態(abnormal)」とは、大正から昭和のはじめにかけての知の潮流のことで、当時使われた「変態」とは、性的に倒錯した人や状態ばかりを指す語ではありませんでした。

大正期に「変態性欲」と「変態心理」という領域があらわれ、その後、昭和初期にかけて梅原北明らが融通無碍に使用するようになります。

そんな流れの一端を垣間見ることができると思います。

合わせて、19世紀の西洋を席巻した「近代スピリチュアリズム(心霊科学)*1」の流れを汲む蔵書や占術に関する蔵書も紹介します。

*1 超越世界を対象とした科学。死後の世界についての情報と認識を「科学的に」得ようとした「霊界通信」と、超常現象を、それへの「心霊」の関与を前提として「科学的に」分析しようとした「心霊研究」の2つの柱からなる。有効性を失った宗教に替わり、科学が超越世界をも解明できると考えられた(稲垣直樹『フランス〈心霊科学〉考』)。




『色情狂編』、クラフトエビング(日本法医学会訳述)、法医学会、1894年。
クラフト=エビング著 Psychopathia Sexualis(1886)の抄訳です。発禁。




『心霊生活』、ロッヂ(大日本文明協会編)、大日本文明協会事務所、1917年。
オリバー ロッジ The Survival of Man(1909)の翻訳。
大日本文明協会は、大隈重信の主唱により1908(明治41)年4月創立。井上哲次郎、嘉納治五郎、高田早苗、坪内雄蔵(逍遥)、上田万年らが協賛。物質的画策にのみに流れる趨勢を憂い、世界の知識を吸収し、東西文明の調和渾一をはかり、国民の精神的開発を旨とする(『日本近代文学大事典 4』)。


『死後の生命』、ロンブローゾ(中村古峡訳)、内田老鶴圃、1919年(再版)。
チェーザレ ロンブローゾ Ricerche sui fenomeni ipnotici e spiritici(1909)の英訳(After Death What?)を底本とし、中村古峡が翻訳。


『占の学と術 附算木筮竹』、神山五黃、光文社出版部、1920年(再版)。
算木・筮竹も綺麗に保存されています。


『近世変態心理学大観 第一巻 記憶・意志及人格の変態』、テオデュール・リボー(葛西又次郞訳)、日本変態心理学会、1924年。
テオデュール アルマンド リボーの病的心理研究三部作Les Maladies de la mémoire(1881)、Les Maladies de la volonté(1883)、Les Maladies de la personnalité(1885)の英訳を底本に葛西又次郞が翻訳。

『近世変態心理学大観 第四巻 暗示の心理』、ボリス・サイディス(大戸徹誠訳)、日本変態心理学会、1923年。
ボリス サイディズ The Psychology of Suggestion(1898)の翻訳。



『未知の世界へ』、フラマリオン(大沼十太郎訳)、アルス、1924年。
『死とその神秘』、フラマリオン(大沼十太郎訳)、アルス、1925年。
前者はカミーユ フラマリヨンL'Inconnu et les problèmes psychiques(1900)、後者はLa Mort et son mystère三部作のうちAvant la Mort(1920)の翻訳です。
当時のメインサイエンスであった天文学の研究者フラマリヨンも心霊科学に関心を持ち、さまざまな心霊実験をしたことで知られています。


『生れ月の神秘』、山田耕作、実業之日本社、1925年(4版)。
音楽家山田耕筰が洋行した際に手に入れた占星術の本を翻訳したもので、この本を通して日本に初めて西洋占星術が紹介されました。ただし、星座が生まれ月に変えられています。



『明治性的珍聞史 上』、梅原北明編、文芸資料研究会、1926年。
『明治性的珍聞史 中』、梅原北明編、文芸資料研究会、1927年。
1926年、梅原北明らによる文芸市場社内に設置された文芸資料研究会は、昭和初期の軟派出版界を牽引しました。本書は北明が明治期に発行された新聞から性的珍聞を集めて編集。菊判和装の装幀は、北明による「教養としての〈変態〉」戦略の特徴のひとつです(大尾侑子『地下出版のメディア史』)。



『変態伝説史』、藤澤衛彦、文芸資料研究会、1926年。
『変態見世物史』、藤澤衛彦、文芸資料研究会、1927年。
文芸資料研究会から刊行された叢書「変態十二史」のうち、藤澤衛彦著の2冊を所蔵。この間、1927年2月には藤澤ら文芸資料研究会諸氏が特高警察に拘留され、4月頃には北明が文芸資料研究会を離れました。これを機に文芸市場社に集っていた面々は北明の文芸市場社・上森健一郎の文芸資料研究会編集部・福山福太郎の文芸資料研究会に分裂していきます。
なお、藤澤はのちに平岩が刊行する雑誌『科学と芸術』に寄稿するなど、交流を持っていました。



『変態黄表紙』創刊号、文芸資料研究会編輯部、1928年12月。
分裂後の文芸資料研究会編集部により創刊された月刊誌『変態黄表紙』。



『グロテスク』第2巻9号、文芸市場社、1929年9月。
同じく分裂後に文芸市場社が創刊した『グロテスク』。



『川柳変態性欲志』、佐藤紅霞、温故書屋、1927年。
蔵書には紅霞と交流を持った民俗学者クラウスによる『日本人の性生活』の原書Japanisches Geschlechtsleben(1931)2巻本も揃っています。



『愛の魔術』、酒井潔、国際文献刊行会、1929年。
バックスキン(雄鹿革)装、限定500部刊行で番号入りです。この頃、円本ブームの裏で一部の読者に向けて限定本・豪華本が作られました。
同じく豪華装幀の梅原北明編『明治大正 綺談珍聞大集成』(1929)や酒井潔『らぶ・ひるたぁ』(1929)なども蔵書にありますが、皮革製の表紙の劣化がすすんでおり、扱いが難しいところです。



『Ratirahasya ラティラハスヤ』、印度文学研究会訳、1926年。
インド3大性典のひとつ。



『印度愛経文献考』、泉芳璟、文芸資料研究会、1928年。
文芸資料研究会から変態文献叢書として刊行されています。
大谷大学教授であった泉は『カーマスートラ』や前出の『ラティラハスヤ』ほか、多数のサンスクリット文献を翻訳した人物です(金沢篤「泉芳璟教授著訳書論文目録」)。



Ellis, Havelock., Studies in the Psychology of Sex, Volume Ⅴ, F. A. Davis Company, 1930.



戦後に刊行されたものも少しだけ紹介します。
『心霊研究とその帰趨』、浅野和三郎、心霊科学研究会出版部、1950年。
『心霊主義』(1934)の改題再出版。「心霊科学研究会」を創設した浅野和三郎の著書はいまのところこの1冊しか見つかっていません。なんだか意外です。



『あまとりあ』第三巻 第十二号、あまとりあ社、1953年12月。
『あまとりあ』第四巻 第一号、あまとりあ社、1954年1月。



今回紹介したのは関連蔵書の一部ですが、「変態」とそれを包摂する「近代スピリチュアリズム」の広がりないしは受容と展開の歴史を垣間見たように思います。
ほかにもまだありますが、ひとまずこの記事はこれで終わりにします。